私が中国へ来た経緯と中国での経歴を綴ります
暇な方は観てってください
2012年の8月中国の江蘇省にある蘇州という街にやってきました
上海浦東空港から車で3時間掛からないくらいの所にある街は発展途上の街でした
なぜ私は中国蘇州という街に来たのかというと
もともと海外に行きたいという志向が強かったということもあり頻繁にネットで海外のサッカー指導者求人を見ていました
そこでたまたま中国の求人を見つけて、そのまま直ぐに連絡しました
内容はサッカースクール事業で中国蘇州に住む日本人のを対象にしているという事でした
※蘇州には日本人学校があります
それなら中国語が出来なくても問題無いと思い直ぐに面接させてくださいと頼み後日面接をしました
日本人の社長と中国人の社長が共同で運営しているスクール
無事に採用が決まり
すぐに中国へ行く準備をしました
ビザの取得、チケット購入、キャリーバックの購入等
これまで海外に行ったのは韓国のみ
特に海外に慣れているわけではないので準備も大変でした
そんなこんなで蘇州に来ました
そこからも大変…無知というのは本当に怖いものです
契約時特に何も私から求めなかったので失敗したなと思ったのが
細かな契約事項です
今となっては色々と経験を積んだので契約には慎重になっていますが当時は何も考えていませんでした…
- 住居の保証
- 無給だが、3色飯付き
- 語学学校に通える
- ビザの保証
実際の契約はこれらで
もっと細かく詰めるべきだった
少なくてもいいから給料を貰い
1年に一度の帰国手当
ボーナス
これらがあればもっと違う生活が出来ていたかなと
当時の考えとしては
タダで語学留学出来て、サッカーの指導が出来るということでした
無知と若さ故に出来た行動…
今となっては恐ろしくて考えられない
指導者としての活動は非常に有意義なものでした
日本人の生徒を集め、多い時には100人以上の生徒が集まりました
保護者にも支持してもらいとても良い活動が出来ていました
指導者としてやっていけると思い
その傍中国語の勉強も実りはじめて
1年の契約が終了しました、スクール側からも契約延長を求められましたが
同時に他の中国人オーナーのスクールに立ち上げスタッフとしてスカウトされ給料も貰えるという事で移籍しました
そこでは中国人の生徒をメインに指導していき
中国人スタッフと共に活動していきました
ここでは中国人の保護者からも支持され
凄く恵まれた環境にいる事を感じさせられていました
スクールという枠組みの中なので中々強化に繋がらない部分はありましたが
- 生徒が増える
- サッカーを好きになってもらえる
- 保護者もサッカーを好きになってもらえる
- 自分に自信がつく
- 中国語も自信がつく
このスクールには2年半在籍し上海に行く事になりました
第1期蘇州での3年半は本当に衝撃の連続と学びの連続
もみにもまれ、中国という国や民族性を知り
日本の当たり前はそこにない事
日本の非常識が海外の日常である事を体感しました
ここまで読んで頂きありがとうございました
非常感谢大家